空白の日記

 年賀状を書き終えると、日記の点検をする。
携帯やBLOG日記全盛の今日でも、また「手書き」の手帳と日記帳を購入した。

 今年のものから重要なメモを新しい来年用の手帳に転記する。住所録の転記は年賀状をもらってからになる。

 今年の日記帳と手帳をつき合わせて、空白の日記のページを埋めなくてはならない。
紅白歌合戦を聞き終える時まで続けていき、この作業を終えて新年を迎えることができるのだ。

 近年、日記や手帳の空白が多くなった。この空白の日、一体何をしていたのだろうか?2日続いた空白、1週間の空白・・・。推理小説を読むよりも難しい。
何かをしていたに間違いないが、なぜ記録に留めなかったのだろう。
 苦痛な思いをしたからか?
 風熱で放って置いたか?
メモ書きでもできただろうに・・・。

 一昔前のことでも、何らかの手がかりを元に記憶を呼び戻すすことが出来る場合もあるが、一月前、十日前のことが思い出せない。
書くのを忘れたとしても、あくる日には書けそうなものだが・・・。

 この日記帳の空白は「死んでいたことにする」と葬り去ることは出来ない。
日を置いて思い出すことが出来るかもしれない。過ぎ去った過去に捉われるのではなく、生きた証を連続して感じていたいからである。